WHAT WE THINK

NOAH-Pressoが考案する「新しいデザインのカタチ」

サラリーマンとして給料をもらうことと、フリーランスとしてお金をいただくことは、それぞれお金の価値が違うと感じます。サラリーマンは、「時間」や「体力」がお金に換えられるイメージ。フリーランスでは、自分の能力に対してお金という対価をいただくイメージです。サラリーマンは、集団行動を行う上で必要な能力を発揮しているかどうかが求められていると感じています。そこに必要なものは「個性」や「才能」ではありません。みんなが持っているべき「基本的な能力」です。一方で、フリーランスとして生きるためには、自分しか持っていない「個性」や「才能」が必要とされます。

こうした理解は、フリーランスという働き方が普及してきた今、一般にも浸透してきたものかもしれません。
しかし、私たちNOAH-Pressoは、「お金」の概念は今後さらにもう一歩変化してくると感じています。

それは、「個性」や「才能」から生み出されるものの対価が必ずしも「お金」という形だけにはならないということです。「お金」の代わりに、相手の「個性」や「才能」といった等価交換の価値が与えられるということ。お金は共通の尺度をもつ対価として便利なものではありますが、ある意味「誰でも払えること」なのではないでしょうか。例えばAさんとBさんにそれぞれWEBサイトを作りました。「製作費用として30万円をください。」と、AさんとBさんにお伝えすれば、AさんからもBさんからも同じ「30万円」をもらうことになります。でも、Aさんが持っている「個性」とBさんが持っている「個性」は違うものですし、作られたWEBサイトだって、それぞれの個性に合わせた違うものです。それなのに同じ「お金」というものをもらうことに、少し違和感を感じるんです。今後は、お金というものを媒介せずに、その人ならではのオリジナルな形での対価を支払う時代が来るのではないかと思っています。

例えばAさんからは、自分の畑で作った野菜を。Bさんからは、Bさんしかできないセッションを通した情報の提供を。など、新しい「物々交換」という形が多くなってくるかもしれません。それぞれが与え、与えられる関係が「お金」そして「仕事」につながっていく時代が来るのではないでしょうか。

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